石黒 茂[作業療法学専攻]
妻の故郷である飛騨地方では、酢飯にマスの切り身やサンショウの若芽などの具を乗せ
ホオノキの葉でくるんだ朴葉ずしを食べる。
この素朴な味のする寿司は郷土料理として売り出されているが、
元来は田畑や山で食べるためのものであり、各家庭で作るものだ。
そのため、家の庭にホオノキが植えられていることは珍しくない。
今年の6月の末頃、ニュースで
「ホオノキの葉がマイマイガに食い荒らされ、手に入れるのに苦労している。
まだ、今年は去年保存しておいた葉があるからよいが、
来年は朴葉ずしを作れないかもしれない」と業者の方が嘆いておられた。
その頃、飛騨地方ではマイマイガが大量発生し、ホオノキなどの広葉樹の葉を食い荒らしはじめていた。
早めに駆除しないと来年以降も大量発生が続いてしまうだろうとのことであった。
それからまもなく、今は空き家になっている高山市の家の庭の木にも
マイマイガの幼虫が一杯ついていると連絡を受けた。
それからが大変であった。
近所に迷惑がかからぬよう庭の木に殺虫剤をまいてもらい、木を何本か切り取ってもらった。
夏休みに家族で行くと、今年はいつもと家の周りの感じが違う。
夜の闇が深い。
マイマイガが照明の光に集まってくるので、
公共施設の夜間利用は取り止め、家庭でも照明を極力抑えているからである。
そのお陰で星はきれいだ。
こんなに鮮明な天の川を見たのは何年ぶりのことだろうか。
夜空を仰ぎながら、ふと気がついた。
「そういえば家の周りで小鳥を見ない。」
小鳥がいなくなることは、環境悪化のシグナルである。
そして天敵が少なくなり、マイマイガが大量発生したのだろうか。
この頃は、家の周りにサル、イノシシ、カモシカなども出没する。
気候の不順や高齢化で人手が入らなくなったことで、
山の環境が変わり、山の動物が里に下りてくるようになった。
マイマイガの大量発生も山の生態系が出す危険シグナルであり、人間への警鐘なのかもしれない。
旧暦の七夕直後の天の川を飽くことなく眺めていると、天空を大きな星が流れた。
天空を横切り山の端に消える一瞬の輝きに向かって、
生態系が乱れることなく、朴葉ずしの心配をしなくてもよい環境が持続されることを祈った。